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子供の頃の僕は、とにかく沢山将来の夢がありました。昔の卒業文集を遡ると、
・果物屋さん
・ピアニスト
・小説家
・音楽教師
・声優
・舞台俳優
・雑誌編集者
といった感じに、その時々でコロコロと変わっていました。
結果的には、芝居の道を志すようになったのですが、保護者の方からの、「いつから自分の進路を決めてたんですか?」という質問に、「きっかけは色々あったんですが、いつの間にかこの道を進んでいましたね」と答えるしかないくらい、好きなことを続けていった結果が今の自分になりました。
僕の家庭は、母が1人で兄妹3人を育ててくれました。僕は長男だったので、当然母にとっても初めて子供の進路を考えることとなりました。
母は随分、僕たち兄妹への負担を気にしてくれていたせいか、進路についてはどんなことも応援してくれました。
「自分の人生なんだから、自分の好きなようにしなさい。その代わり、自分でその責任は負いなさい。」というのが母の教えでした。
そうはいっても、そんな家庭環境を考えると、進路のことで、僕が声優だの、舞台俳優だのになりたいなどと言い出した時は、流石に母の心中を察するところです。
それでも応援してくれた母は、苦労して僕を演劇科の短大まで進学させてくれました。我儘を通してきた人生だと、母には頭が上がりません。
高校へ進学してから僕は演劇部に所属し、初めて芝居の世界に入りました。その部活は演劇部では、70名以上の部員がいて、一年生は最初にオーディションを受けます。
その後、ほぼ演劇未経験者だらけの一年生だけで配役される舞台を自分達だけで創作する、武者修行のような活動が始まるのですが、僕はある父親の配役されました。
ラッキーなことにその役は主演だったのですが、いかんせん父親が身近にいない僕は、早速壁に当たることになりました。
特に、ネクタイの結び方が分からず困りました。今でこそYouTubeなんかを観れば、すぐに動画で説明してくれますが、その当時はまだそれも一般的でなく、祖父のところへ行って、古いネクタイを引っ張り出してもらって、練習させてもらいました。
その時のおかげで、僕は高校生ながらにネクタイの締め方を覚えることができました。大人になった今も、たまにしか着ないスーツの扱い方に、困らないでいられます。
当時も「ああ、なんだ演劇って意外と役に立つんだな」と思ったりしました。
このようなことは、大した学びではないかもしれませんが、その部活では役者の他に、色んな仕事をさせて貰えました。
例えば、制作という演劇団体の運営を担う仕事がありました。高校生だったので、劇場手配や外部との手続きは顧問が担当していましたが、スケジュール管理、広報(フラ
イヤー作成)、パンフレット作成、スポンサー集め、当日の劇場受付などの全てを生徒だけでやっていました。
その他にも僕はその全ての統括、広告作成、パンフレット編集作業を行なっており、学校には毎日PCを持って登校していました。その時の経験が、確実に今の仕事に役立っていることは言わずもがなです。
舞台俳優になりたい!と志して、まさかこんな経験が出来るとは思いもよらないことでしたが、あの時頑張った自分がいたお陰で、今の自分が自信を持って仕事が出来ます。
過去の自分の経験や、頑張りが、その先どんなところで役に立つかは本当に分からないですが、その時その時の自分に後悔がないよう、生きていきたいと考えています。
最後までお読みいただきありがとうございます。